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「サラエボ、希望の街角」

「Na putu」…aka「On the Path」「Le choix de Luna」 「Zwischen uns das Paradies」2010 ボスニア・ヘルツェゴヴィナ/オーストリア/ドイツ/クロアチア
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監督、脚本に「サラエボの花/2006」のヤスミラ・ジュバニッチ。
ルナにズリンカ・ツヴィテシッチ。
アマルに「サラエボの花」のレオン・ルチェフ。
ナジャに「サラエボの花」のミリャナ・カラノヴィッチ。
アマルの旧友バブリヤにエルミン・ブラヴォ。
ルナの友人シェイラにニナ・ヴィオリッチ。
ルナの祖母にマリヤ・ケーン。
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ボスニア紛争から15年、サラエボに住むルナはキャビン・アテンダント。ルナと同居中の恋人アマルは空港の管制塔で働いている、ある日、職場に酒を持ち込んだアマルは停職処分になる。そんな折、ルナと友人を伴いドライヴに出かけたアマルは偶然旧友のバブリヤと再会する。停職中だったアマルに子供たちにPCを教える仕事があると誘うバブリヤ。アマルと離れるのが辛いルナは、街から遠く離れた仕事場に行くアマルに反対するが彼は行ってしまう...

ヒロイン、ルナを演じるズリンカ・ツヴィテシッチと、その恋人アマル役レオン・ルチェフはクロアチア出身。
ルナをキャンプに連れて行くナジャ役に「サラエボの花」のヒロイン、ミリャナ・カラノヴィッチが扮している。

異なる民族と異なる宗教(イスラムとカトリック)が共存しているサラエボ。現在の宗教はイスラム教が大半を占めているそう。旧ユーゴスラビアのボスニア・ヘルツェゴヴィナはカトリックのイメージなので、ここにもイスラムが台頭して来ていることを改めて知った。
人里離れた湖のほとりで共同生活するイスラム原理主義者たち。男と女は別のテントで生活し、女はもちろんチャドルに身を包んでいる。真っ黒のチャドルに身を隠したナジャが、テントに入るなり頭の部分を脱ぎ捨てる。その時に現れた彼女の長い赤毛にはスゴく違和感を感じた。そしてそこにいるルナはとても、とても場違いな雰囲気だった。

アマルもルナもイスラム教徒。ある日、アマルはイスラム原理主義を信じる旧友バブリヤと再会する。やがてアルコール依存症で、停職中のアマルがそれに傾倒して行くのに時間はかからなかった。そしてルナはそんなアマルが理解できなくついて行けなくなってしまう。
アマルは肌を露出したドレスを着て夜遊びするルナを連れ帰ろうとする。子供が欲しいのに出来なくて悩むルナに“ぼくたちは結婚していないから(彼らは恋人で同居中)子供が出来ないのだ。”とsexをも拒む。
結婚しないでsexするのも、肌を露出し、クラブで酒を飲むのも、今のアマルにとっては邪悪以外の何物でもないのだ。
ある日、礼拝堂で一夫多妻OKのイスラム教徒の結婚式、(妻は年若い女の子)を見てしまったルナは耐えきれなくなり礼拝堂を飛び出して行く。

“サラエボ戦争”により目の前で両親を殺されたルナ。戦場で過酷な体験をし、その後アルコール依存症となったアマル。二人が引きずっている哀しみは底深い。しかしそれを乗り越え、ルナは西洋的で、前向きな生き方をして来た。なのにアマルはイスラム原理主義に傾倒し、古くさい生き方に戻ろうとしている。愛するアマルのそんな姿を見るに忍びないルナは自身の中で葛藤を繰り返す。そしてとうとう念願の妊娠に至ったルナの決断は…
深く愛し合っている二人のラスト...“家に戻ってくれ!”と言うアマルに、“あなたが戻って来て!”というルナの言葉…それは家に戻って一緒に生活するのではなく、“前のあなたに戻って!”と言う気持ちがこもっていて素晴らしかった。
哀しみを乗り越え、前向きに生きようとするヒロイン役のズリンカ・ツヴィテシッチは美しく、魅力的な女優だ。
神保町 岩波ホールにて
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by margot2005 | 2011-02-26 20:45 | ヨーロッパ | Trackback(5) | Comments(0)

「サラエボの花」

a0051234_014244.jpg「Grbavica」...aka「Grbavica: The Land of My Dreams」 2006 ボスニア・ヘルツェゴビナ/オーストリア/ドイツ/クロアチア
ベルリン国際映画祭、金熊賞(グランプリ)、エキュメニカル賞、平和映画賞受賞作品(2006年度)。
監督、脚本はボスニア・ヘルツェゴビナ出身のヤスミラ・ジュバニッチ。
ヒロイン、エスマにユーゴスラビア、ベオグラード出身のミリャナ・カラノヴィッチ。
エスマの娘サラにボスニア・ヘルツェゴビナ出身のルナ・ミヨヴィッチ。
ボスニア・ヘルツェゴヴィナの首都サラエボのグルバヴィッツァ地区を舞台に描く、母と娘のヒューマン・ドラマ。
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サラエボのグルバヴィッツァ地区に住むシングル・マザーのエスマ(カラノヴィッチ)。彼女には12才の一人娘サラ(ミヨヴィッチ)がいる。母エスマは娘には決して話せない過去を背負って生きていた。
生活のため、ナイトクラブで働き、ボスニア・ヘルツェゴヴィナの内戦で心と身体に傷を持った女性たちが集まるセラピーにも参加する日々。
サラの学校で修学旅行が計画される。しかし費用を捻出する事が出来ないエスマ。
シャヒード (殉教者=信仰、祖国、思想など、何かの大義に殉じた人) の遺児であれば、費用は免除される。父親がシャヒード であることの証明を提出して欲しいと母に依頼するサラだが、母は聞く耳を持たない。
一方で同級生であるシャヒードの遺児サミル(ケナン・チャティチ)より、父親の事を聞かれたサラだが何一つ答える事が出来ない。頑に父親の事を話さない母エスマにサラは不信感を抱き始めるのだった...
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中盤くらいでエスマの秘密がなんとなく解って来て、後の展開が興味深くなる。
エスマがラストで、セラピー仲間の女性たちの前で、今まで語らなかった過去を話始めるシーンは辛い。
サラ役のルナ・ミヨヴィッチが体当たり演技をしていて素晴らしい。
かつてユーゴスラビア連邦共和国という国があった。映画の中で、ヒロインが女性たちと“チトー万歳!”という台詞(字幕)があるが、一時期チトーという大統領が存在した国であった。
戦争の犠牲となって死んで行く男...しかしその戦争による犠牲を背負って行きて行かなくてはならない女と子供がとても哀れである。
この映画を観て、テーマもストーリーも違うが「題名のない子守唄/2006」を思い出してしまった。
岩波ホールにて...
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by margot2005 | 2007-12-07 00:56 | ヨーロッパ | Trackback(19) | Comments(4)